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名演2017年9月例会 劇団東演公演

検察官に期待する

作:ニコライ・ゴーゴリ
翻訳:佐藤史郎 
翻案・演出・美術:ワレリー・ベリャコーヴィッチ

  写真:成毛章浩


なんて言うか…、 「ロシア版・吉本?」(笑)  
 これが、11月例会『検察官』の台本を読んでの感想である。いや、決して馬鹿にしている訳ではない。ゴーゴリって、こんな、明るく楽しい(そして多分にブラックな)喜劇を書いていたんだ、と驚いたのである。  
 今回、この作品に触れたことで、そういえば自分が、高校時代、「自称ロシア文学少女」だったことを思い出した。(が、先述の通り、『検察官』は初見なので、あくまで?自称?である。) 20ウン年前の当時としても、非常にレアな存在であった、名演の「高校生会員」だった私は、大好きな栗原小巻サマの舞台『復活』(トルストイ作)や『ワッサ・ジェレズノーワ』(ゴーリキー作)などを名演例会で観劇し、感動し、大して深く理解している訳でもないクセに、「いやー、ロシア文学って深いわー」とかなんとか言って『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』なんかを読み漁っていた。  
 しかし。高校生の拙い頭には、やっぱり、トルストイやゴーリキーって、質も量も壮大すぎて、ちょっと難しかった。当時は理解した気分でいたが、今思えば「ロシアの文学大作を読了したぜ、イエイ♪」というコトで悦に入っていたのだと思う。それが証拠に、恥ずかしながら、その辺の作品は、あまり、頭にも心にも残っていない。  
 そんな中、何故か、ゴーゴリ様の『外套』『鼻』『狂人日記』は、20年以上前に一度読んだだけなのに、強烈に心に残っていた。単に、比較的中編・短編だということもあるかもしれない。だが、これらの作品に共通する、虐げられし者の心の叫びだとか、人間の弱さや狡さに対する痛烈な皮肉なんかが、アホな高校生だった私の心に、ストレートに響いたのではないかと思う。  
 どちらかというと救いのないこれらの悲劇の「裏版」(いや、「表版」?)のような『検察官』。皮肉と風刺、そして愛情たっぷりに、人間どもを笑い飛ばすであろうこの舞台に期待したい。(Y)

 『検察官』、固そう。  
 そんなイメージが浮かんでくる。が、傑作喜劇とある。   
 論理と批判の精神に富んでいない日本人には喜劇は難しい。こう言われ続けてきた難題に、「情緒的気分では喜劇はできない」と演出家、ベリャコーヴィッチ氏の迫り方はすごかったようだ。「鈍った想像力や甘い姿勢を容赦なく叩きつぶす勢いだった」とか。残念ながら昨年亡くなった氏。その氏の魂が凝縮された舞台を大いに楽しみたい。 ほとんど絶え間なしに演奏される音楽、軽快でユーモラスなマーチやジンタのリズムも魅力で、観ている側もスイングしたくなるほど楽しく、「音が役者の体を貫いている」との評もある。期待はますます高まってくる。   
 翻訳家、佐藤史郎氏曰く、「ゴーゴリは天才の想像力を駆使し、途方もない映像を散りばめつつ嘘の原理を見事に描き切って見せた。フレスタコフ(検察官と間違われた男)はその原理を映し出すための鏡に過ぎないかとさえ思えるほどだ。」  
 そして、氏はこんな問いを投げかけている。「フレスタコフは悪人でしょうか」と。えー!文句なしに悪人でしょう!何せ大変な大法螺吹きなんだからと私は思ってしまうが‥‥‥。氏は続けて言う。   「人は呆れ顔にこういうかもしれない。こんな法螺を信じる者などいないと。だが、これに対しては、かつて日本でも大本営発表をこぞって信じた歴史がある事を思い出すだけで十分である。‥‥‥いつの時代も嘘はつくものとそれを信じたい者たちとの合作である。」  
 うーん、そうだった!楽しんで観ているうちに、大切なことを忘れているとパンチを食らいそうな予感が‥‥‥。(C)

『検察官』解説のページはこちら


11月20日(月)6時30分
   21日(火)6時30分
   22日(水)1時30分
  
日本特殊陶業市民会館ビレッジホール(名古屋市民会館中ホール)
地図

上演時間2時間45分(途中休憩15分を含む)


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最終更新日 2017/11/17