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名演2016年11月例会 東京芸術座公演 

蟹工船

村山知義演出による>
原作:小林多喜二
脚色:大垣肇
演出:印南貞人・川池丈司

せーるすまんの死

11月9日(水)6時30分
   10日(木)1時30分
   10日(木)6時30分      

日本特殊陶業市民会館ビレッホール(名古屋市民会館中ホール)
地図

上演時間2時間40分
(途中休憩15分を含む)

あらすじ
みどころ NEW!
蟹工船は、なぜカムサッカの海を目指したのか? 最新の科学が解き明かすオホーツク海の秘密 !
キャスト・スタッフ
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会費 月額一般 2700円 29歳以下 2000円  
   高校生以下 1300円
入会金  一般  3000円 29歳以下 2300円    
高校生以下 1600円
新入会の方は、会費と入会金が必要です。それ以外の入場料は必要ありません。  くわしい名演の入会方法はこちら
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  あらすじ
 昭和のはじめのころ。
 食いつめて、“自分を売る”より仕方がなくなった男たちが函館の港に集まってきた。蟹工船・博光丸はボロ船で、カムサッカの荒海でメリメリと音をたてて鳴っている。漁夫、雑夫たちは重労働と粗悪な飯で身体を悪くした。何人もの漁夫がこの北の海で死んだ。
 「このままでは殺される」……大時化の時も出漁命令が下される。彼らはおっかなびっくりだったが、サボが始まった。
 そして、遂に自分たちの力でストライキを起こし、“要求”を突き出した。
 しかし、待っていたのは味方と思っていた帝国海軍による弾圧と逮捕であった。だが、会社と軍隊の正体を知った彼らは「ん、もう一回だ!」彼らは立ち上がった…もう一度。 

「『蟹工船』を絶望的な話だという人も多いですけど、私はすごい希望のある話だなと思いました。あそこまで団結できてしまうというのはすごいと思う。いまみたいに微妙な差異で足を引っ張り合わずに、それが一瞬でも出来ることがなかなか成立しないと思うので」雨宮処凛

 遠い昔の話ではない、いまの時代が蟹工船なのだ。村山知義の作り上げた舞台は今でも新鮮。
 「おい、地獄さ行くんだで!」で始まる原作の物語は、劇化され、最初は多喜二が虐殺される前の1929年7月、改題させられ検閲が厳しい中、新築地劇団、2回目は1970年2月、大垣肇脚色・村山知義演出で上演。非正規労働者が受けている派遣切れにも通じる舞台として期待され2010年から全国巡演される。
 世の変革と個人の生き方を人々に訴えかける強い力を持った芝居。時代は昭和初期だが、今、私たちが考えなくてはならない人間の生き方が描かれている。一人ひとりの力は小さいかも知れないが、小さい力が終結することにより大きな力にも成り得る。人との関係が希薄になっている時、ツイッターや携帯メールで大きく人を動かすことも出来る時代だが、古い時代の芝居が、今新しく見える。

 この舞台は1968 年の初演時の村山知義の演出を踏襲しています。
 小林多喜二と親交があったという村山知義が作った構成をもとに大垣肇が脚本を書いたので、脚本の段階から村山知義の演出意図が組み込まれていて、劇的な効果を求めて原作をかなり膨らませています。 
 村山知義は1901 年の生まれで、戦前戦後と日本を代表する劇作家、演出家、美術家、舞台美術家、小説家、建築家です。他にも挿絵、装幀、アニメ制作、映画脚本なども手がけ、自らもダンサーとして踊るというその八面六臂の活躍に、「日本のダヴィンチ」と呼ばれました。こちらで作品の一部がみられます。
 この『蟹工船』は村山知義のバイタリティを感じさせる舞台になっています。

NEW!

 多喜二の『蟹工船』は1929年7月、原作をかなりゆがめた形で、新築地劇団が高田保、北村小松脚色、土方与志演出で『北緯五十度以北』と改題し、帝国劇場で上演しています。そうした経緯が、1968年の大垣肇脚色の『蟹工船』で「1929年」の克服とともに、多喜二作品の本質を表現しようとする村山知義の意欲の演出に結びつきます。
 名演でも1970年と77年に上演され、その成果は伝わり、アンサンブルもすぐれ高い評価を浴びた作品です。その劇団の歴史を受け継いだエネルギーが2010年3月、東京芸術劇場で公演され、多くの鑑賞会からも絶賛され今日に至っています。

 小林多喜二によって書かれた『蟹工船』は、日本のプロレタリア芸術運動が理論的にも創造的にも大きな発展の一時期でした。蔵原惟人の評論、徳永直の『太陽のない町』、中野重治の『鉄の話』、村山知義の『暴力団記』などが発表され、創作方法、芸術大衆化、芸術価値などの問題をめぐって活発な論争が展開されていた時代でした。
 長期間の労働は厳しく、閉ざされた漁船内では会社の監督者による労働者への虐待が頻発していました。これに対する労働争議もしばしばで、博愛丸で発生した争議
を題材にした『蟹工船』が執筆され、日本プロレタリア文学の代表作と評価されました。
 『蟹工船』はどのようにして書かれたのでしょうか。作者多喜二は蟹工船には乗っていません。『蟹工船』の執筆には、かなり長期間にわたる詳しい調査が続けられたと伝えられています。作者は乗富道夫(小樽高商の同級生で、安田銀行に勤め、産業労働調査所函館支所所員で北洋漁業の研究者)の援助を受けて、停泊中の蟹工船の実地調査や、漁夫や漁労労働組合の人たちから具体的な知識を得たといわれています。また、新聞記事や資料も蒐集し、小樽の海員組合員からも航海生活の調査をしています。
 当時、北洋漁業は、漁業権をめぐってソ連と対立し、国際的な注目を浴びながら「国家的」産業としてその規模を毎年拡大していました。北洋漁業の蟹工船は監獄部屋といわれ、漁夫、雑夫の人数は4000人を超えていました。
 蟹工船は貨物船を改造したもので、漁を行う川崎船を乗せ北方海域で半年程度活動します。蟹の缶詰は欧米への輸出商品として価値が高く、大正から昭和40年代まで多くの蟹工船が運航されていました。
 
 1926年9月8日付け『函館新聞』の記事には「漁夫に給料を支払う際、最高2円80銭、最低16銭という、ほとんど常軌を逸した支払いをし、抗議するものには大声で威嚇した」との記述があります。逆に、十分な賃金を受け取ったという証言もあります。同年に雑夫として乗った15歳の少年は回想録で陸で働く十倍にもなると述べています。単調な一日20時間労働で眠くなるとビンタが飛ぶ過酷な環境で大半は一年で辞めるところ、彼はお金のために五年も働いたと証言しています。
 小説発表後も、1930年(昭和5年)にエトロフ丸で、虐待によって死者を出した事件もおきています。
 高い給料を貰える代わりに、睡眠時間は短く、狭い漁船の中で何ヶ月も過ごさなくてはならず(監禁に近い)、食料も限られ、ストレスや過労により、陸では温厚な人ですら、鬼に変えてしまうほどでした。
 このような実際に起こった事件を基に、1928年10月28日から執筆が始まり1929年3月30日に完了しています。
 
『蟹工船』は、ここ数年、映画や舞台で再び脚光を裕びています。長時間労働、パワハラや暴力、安い賃金など、昨今の労働市場と合い重なり、若者たちからも興味が示され支持されてもいます。
 世の変革と個人の生き方を私たちに訴えかける強い力を持った芝居。ラストシーンの全員合唱の「ソーラン節」が圧巻で、元気が出る希望がもてる作品です。


蟹工船は、なぜカムサッカの海を目指したのか? 最新の科学が解き明かすオホーツク海の秘密 

文責・中塚武

 舞台「蟹工船」の主役はもちろん労働者ですが、そこにはもう一つの影の主役、と蟹が採れるオホーツクの海があります。ここでは11月例会を、より深く理解して頂くために、蟹工船が、なぜ北洋で、過酷な労働を強いたのか、の立場から見た背景を、最新科学の成果をもとに、ご紹介します。

蟹工船とは?
 冷凍技術が発達していなかった時代、港から遠く離れた海で大量の蟹を採り、腐らせずに持ち帰る最適な方法が、船の上で蟹を缶詰にすることでした。大正時代から昭和40年代まで、カムチャッカ半島西方沖のオホーツク海の大陸棚を中心に、運用されていました。

なぜカムチャッカなの?
 千島列島を挟んだオホーツク海と太平洋の親潮海域は、実は、世界で最も水産資源の多い海域です。樺太の南半分と千島列島全体が日本領だった舞台「蟹工船」の当時、その資源の多くが日本の支配下にありましたが、現在は、北方領土問題や200海里経済専管水域との関係で、水産資源は、簡単には採れなくなっています。

水産資源が豊かな訳(?寒さ)
 北海道のお魚が美味しいことは、皆さんご存知ですね。一般に、北洋や南極海など寒い海ほど、水産資源は豊かです。その理由は、冬の寒さが海の表面を冷やし、海水の対流を引き起して、生物遺体の沈降と分解によって、海の深層に溜まってしまう栄養素(窒素やリン等)を、定期的に海の表層に持ち上げて、植物プランクトンの成長を支えてくれているからです。

水産資源が豊かな訳(?鉄)
 寒さと共に、オホーツク海の水産資源の豊かさを支えているもう1つの鍵が、アムール川から供給される莫大な量の鉄です。最近の研究から、海の植物プランクトンは、慢性的な鉄不足に悩んでいることが分ってきました。光合成に鉄は不可欠なのですが、海水には鉄は殆ど溶けないからです。しかし世界で9番目に大きいアムール川(中国名・黒龍江)の周辺の湿原からは、鉄が大量に滲み出していて、それがオホーツク海北西部にいつも供給されていたのです。

水産資源が豊かな訳(?流氷と千島列島)
 海水には鉄はほとんど溶けないので、アムール川から流出した溶存鉄も直ぐに沈殿しますが、「河口付近で冬に流氷ができる際に、氷と別れてできる“冷たくて塩分の濃い”重い水が、その鉄の微細な粒子を巻き込みながら、樺太の東岸の深層に流下し、東樺太海流で一気に千島列島まで運ばれたあと、海峡を通過する際の渦潮に巻き込まれて、表面まで浮上することで、親潮海域やオホーツク海の植物プランクトンに、大量の鉄を供給している…」という遠大で巧妙な仕組みが存在することが、最新の研究で分ってきました。

 「蟹工船」には、ロシアの人々の話が出てきますが、オホーツク海周辺の水産業の未来には、アムール川流域の湿原の保全や千島列島の帰属問題など、さまざまな国際的な社会・政治情勢が、深く関係しています。

「蟹工船」を観る際に、その“船の下”で起きていることにも、少し思いを馳せて頂けると、作品の背景が、より立体的に見えてくるのではないでしょうか。


キャスト

芝浦 神谷 信弘 須田重役 北村耕太郎
花札 山村 勇人 浅川監督 笹岡 洋介
テカ松 梁瀬 龍洋 菊村工場長 甲斐 浩志(フリー)
青森 鈴木健一朗 船長 岡橋 和彦(まほろば企画)
和歌山 中谷  源青年劇場 船頭頭 小川 拓郎
夕張 深井 八郎 雑夫長 松並 俊祐
弁慶 手塚 政雄 船大工 井上 鉄夫
おやま 下落合 秋 船医小田切 前田 剛志
ゴロー 中屋 力樹 水夫 平田 正治
学生 細根 和博 火夫 八木澤 賢(青果鹿)
中西 森  路敏 中積船の人夫 桑島 義明(ペルソナ)
宮口 榎本 邦尚 ボーイ 冨永 隆徳
葉霜 怜奈 水戸部士官 脇  秀平
星野 子熊 宮口の母 浅利 倫映
漁夫A 上野山達宣 青森の妻 江部  茜
漁夫B 関根  学 沖売りの女 鈴森あづき
漁夫C 横沢 勲生

スタッフ

村山知義演出による

原 作 小林多喜二
脚 色 大垣  肇
演 出 印南 貞人
川池 丈司(客員)
美 術 幡野  寛(松下朗美術による)
照 明 小池 俊光
音 楽 多泉 和人
効 果 中嶋 直勝
衣 裳 東宝コスチューム
舞台監督 幡野  寛
制 作 嶋田みどり


関連サイト

管理人の責任でリンクしています、不都合がありましたらご連絡いただければ幸いです。

東京芸術座ウェブサイト http://www.tokyogeijutsuza.co.jp/

『蟹工船』プロモーションYoutube https://www.youtube.com/watch?v=YSbweOY5_80

東京芸術座ブログ http://tougeiblog.seesaa.net/
東京芸術座ブログFacebook https://www.facebook.com/tokyogeijutsuza

蟹工船原作(現在著作権フリーで、「青空文庫」で読めます) http://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html
白樺文学館多喜二ライブラリー http://www.takiji-library.jp/

ギャラリーTOM http://www.gallerytom.co.jp/index.html
神奈川県立近代美術館 葉山 ウェブサイト すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙展
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/murayama/
Boseと行く『村山知義の宇宙 すべての僕が沸騰する』展 http://www.cinra.net/column/murayama-bose-report

鈴森あづきさんTwitter https://twitter.com/azy_u


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最終更新日 2016/10/30
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